今月のETV「知るを楽しむ」の火曜日『私のこだわり人物伝』は『阿久悠 時を刻んだ詞(ことば)』と題して、全四回で戦後の歌謡史を代表するといってよい名作詞家の阿久悠を取り上げている。もう今夜18日は三回目の放送だ。
何しろ彼は数千曲のヒット曲を書いた作詞家だから、誰に語らせても多弁になる。
ぼくはこの番組を第一回から見ているけれど、先週の篠田正浩監督は独自の立場で彼を評価していて興味深かった。ぼくは阿久悠の著作を何冊か持っているが「瀬戸内少年野球団」を読んでいない。こんどヒマができたら古書店でこの本を探そう。
さて今夜は音楽プロデューサーの小西良太郎の眼で阿久悠を振り返る(はずだ)。来週は作曲家の船村徹が登場する。
今月の火曜日の夜は「きょうの料理」のあと風呂から出たら、すぐ趣味悠々の『デジタルカメラ撮影術』で、そのあとこの番組『阿久悠 時を刻んだ詞(ことば)』と続くから、どうもとても忙しい。
火曜日のぼくは遊んでいるヒマがない。
阿久悠《2007年8月1日、没》【合掌!】
先月の10月29日の記事を読むと、毎晩寝る前にせっせと即席ラーメンを食べているおかげで体重が50kgに戻ったとアホみたいにひとりで喜んでいる。
ところが今日ビョーインへ行ったので一番大きな体重計(そろばんと体重計は大きい方が正確だと桂枝雀が云っていた)で自分の体重を量ってみたら、なんとぼくの体重は52kgもある。
「なんてこった!」
たった三週間で2kgも肥えたのか。
よく考えてみたら、我が家の年代物のヘルスメーターと比較して、ビョーインの待合室の一番大きな体重計がそれほど正確だという保証はないし、だいいち前回はパンツ一枚だったが今日は上着を着ていた。まったく同じ土俵で比較したければ、今夜風呂から出てパンツ一枚でヘルスメータに乗ったほうがよい。
ほんとうは今日病院でだれかから風邪を移された気配で、熱っぽいし頭痛が痛い。だから今夜は風呂をやめようと思ったが、こういう経緯(いきさつ)では入らざるを得ない。仕方がないからほんのカタチだけ風呂の気配を感じて、すぐに出てきてヘルスメーターに乗った。
やっぱり52kgあるじゃないか。
もう、明日の晩からは夜食の即席ラーメンは中断したほうがよいかも~
どうも日曜日の夜には面白いテレビ番組が見あたらない。春から夏のあいだは中日ドラゴンズの応援をする必要があるが、これはテレビの放送でなくてもラジオでも構わない。
先月からは、この「たなばた通信」を構築しているMovableTypeの改造で結構忙しかったが、これもいちおう一段落した。そこで、今夜は本でも読もうと思って本棚を探った。
そこで、まずはこんな本を取り出してみた。この本の「金子信雄の楽しい夕食」という番組は1987年から1995年の春まで放送していた。平日の13:00からの放送だからカタギの社会人には見られない時間帯の番組だったはずだけれど、ぼくは結構よく見た記憶がある。
毎回、料理を作り終えたらその料理に似合う酒を取り出して呑みながら試食をしていた。二週間10回分をまとめて収録していたから、時として泥酔に近い状態になっていた。
その料理はというと、高級なものからごく庶民的なお惣菜まで幅広く作っていた。その金子信雄は1995年の1月にこの世を去った。
話題をこの本のほうに戻す。この「金子信雄の楽しい夕食」という本はテレビで放送した料理の一年分のレシピにわずかなコラムらしき文で構成されている。放送は7年間あったのだから本も7冊出版されていてもよさそうな気がするが、ぼくはこの二冊しか持っていない。しかもどちらも中古をBOOKOFFで購入していて、どちらにも「100円」の値札が貼ってある。
買った当初はたまに、その日の夕食の献立に窮して読むことがあったけれど、最近はもっぱら本棚に飾ったままになっている。今夜は見たいテレビ番組もないし、「楽しい夕食」を読んで「楽しい夢」でも観よう。
ちなみに、文庫本も出ている。どちらもおそらくどうせ100円だし、内容が微妙に違うから両方購入しても損はしない。
金子信雄《1995年1月20日、没》【合掌!】
せっかく谷汲村(現・揖斐川町に合併)まで来たからにはもうひとつ峠を越えて「両界山横倉寺」を目指さねばならない。谷汲山華厳寺は「西国三十三所」の「西国三十三番満願霊場」で全国的に知られた名刹とされているが、こちらの横倉寺はやや知名度は低い。
ところがこちらは多数の文化財を有する古寺で、とくに木乃伊(ミイラ)が安置されていることでよく知られている。また、本堂・三重塔・仁王門ともに1600年代の建築が現存する。
その仁王門の前の紅葉はことに見事だった(写真)。
華厳寺よりさらに山に奥行った谷間だから、紅葉もやはり早く色づくのだろう。さほど広くない境内も真っ赤に染まった紅葉で埋め尽くされていた。
今回の谷汲への小旅行は(毎度のことだが)宗教的関心は皆無で、紅葉見物の「物見遊山」だから、ここまで来なくては所期の目的は果たせない。
そういえば、ETVの「はじめての三十三所巡り」でも言っていた。別段観音信仰ばかりでなく観光目的でも仏を眺めて心を癒せば、仏の御心に何かを授けられることがあるという。
そういえばぼくにとって、今回が今年はじめての小旅行だ。もう2008年も残り少ない。いくら病気療養中で失業者の身でも師走になれば何かとせわしない。おそらくぼくはもう、今年は旅らしい旅をしないだろう。
ぼくの病は癒えることがないけれど、せめてこのままで今年を終えられることを祈って、この横倉寺を後にした。
ETVの「はじめての西国三十三所巡り」の放送も、残すところあと二回になった。季節は紅葉の真っ盛りだし、ぼくもそろそろ重い腰を持ち上げて、「西国三十三番満願霊場」の谷汲山華厳寺を目指した。とても三十三所全部を巡る気力も財力もぼくは持ち合わせていないから、この「満願霊場」だけで満願を叶えてもらうことにした。
当地の時期は紅葉の絶好調と思って朝名古屋を出発したが、着いてみたらやや紅葉には早かった様子。ところが平日だというのに訪れる参拝客(たんなる観光客かも?)の数はすこぶるおびただしい。これには大いに驚く。
大駐車場にはオートマチックのゲートが設けられていて、一台400円の駐車料金を払わなくてはならない。以前ここを訪れたときには山門の脇に無料駐車場があった。さてはETVが妙な企画をしたから「華厳寺」も、ここぞとばかり商売気を出したのだろうか。
長い参道を歩いて山門を抜け、本堂までたどり着いたらさほど参拝客の姿は多くない。やはり、みな紅葉がお目当ての様子だった。が、まだ紅葉の色づきは今一歩といったところ。来週末あたりならもっと見事な紅葉が眺められたのに、と悔いが残る。
ここまで来たら、もう一箇所行きたい場所がある。それはあしたのココロ!




