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COFFEE TIME BOOK あるひとのブログを眺めていたらこんな本の存在を発見した。

コーヒータイムブック
川口葉子、藤原ゆきえ 狩野知代、共著
2006年12月20日 発行
青山出版社 刊
定価 1,680円
 新書版を一回り大きくしたような縦長の不思議な判型のペーパーバックで、約140ページに珈琲に関する写真がぎっしりと詰め込まれた盛りだくさんな内容だ。
 いきなり数ページにわたる写真から始まるこの本には、ぼくらが接する珈琲に関して知っていてもよい盛りだくさんな情報を写真を通じて網羅しようという姿勢だ。だから内容の幅は広いけれど奥行きは乏しい。よく云えば「女性向きのコーヒー入門書」だし、ある意味では時間を経過しても錆びない「ムック」とも思える。
 ぼくらのような市民は珈琲の経済学や珈琲の栽培術を学ぶために入門書を買う訳ではないから、こうした気軽で美しい本を読みながらおいしいコーヒーを飲もう、という趣向には異論は唱えない。

 できれば、もう少し大きな判型と活字の文章にして欲しかったというのが、ぼくの素朴な感想。
 
 見事な写真も美しいし、よい出来映えの、なかなかの良書である。
 

 ぼくは東京の学校を辛うじて卒業して、ある楽器屋に職を得た。主たる仕事の内容は小中学校での楽器の営業だった。売る商品は教材楽器と備品楽器で、主に学校の先生か事務員さんから注文をいただく。
 事務員さんからの注文は予算の通った年度の初めがほとんどで、あとは例外的になる。教材楽器はその教材を使い始める学年の主任の先生との商談で、楽器の販売価格と納入方法が折り合えば商談は成立した。
 当時、小学一年生は「鍵盤ハーモニカ」三年生は「ソプラノリコーダー」、中学一年生で「アルトリコーダー」を使い始める場合が多かった。クラブ活動で使う楽器の注文や、楽器の修理の依頼は年間を通じてあった。
 と、ここまでは前置き。
 
 先生方はどなたも、まず例外なく授業をしているから、数少ない空き時間以外には授業の合間にしか商談することができない。午前中には2時限のあと、午後は給食のあとか授業後しか会えない。だから、毎日、ヒマを持て余している。
 だから喫茶店は格好の暇つぶし場所となった。
 そこで、好ましい喫茶店の条件がある。

1】長居しても煙たがられない
2】駐車場が道路に面していない
3】雑誌類が豊富に置いてある
4】もちろん喫煙できる
 この条件をクリアする喫茶店で、おいしい珈琲を期待することは不可能だ。ところが、世間には同類がたくさんいらっしゃるらしい。この手の喫茶店は街に多い。今でもこんな店が多い。
 
 そんな営業の仕事を6年ほどしていたが、些細な事情でこの会社を辞めた。
 だからこの間は、ぼくはおいしい珈琲を飲んだ記憶がない。

ハリオ・セラミックミル 先日、こんなミルを発見して、すぐにオーダーした。というのは、数年使用しているカリタの安価なプロペラ式電動ミルのスイッチが不調で困っていたからだ。
 こちらの正式な商品名は「ハリオ コーヒーミル・セラミックスリム」で、価格は約2,500円。ぼくが手動式のミルを使うのは、若いころ持っていた例の「スポング」以来だから、もうかれこれ三十年ぶりくらいにもなる。
 今回のこの製品では一杯の珈琲豆を挽くのにハンドルを60~70回も回さなくてはならないから、スポングミルのように高速ではないけれど、真ん中が細くくびれた持ちやすい形状でハンドルも回しやすいのでさほど苦痛には感じない。
 またホッパーに豆を入れるとき、一回ごとにハンドルを外さないとふたが開かないのでやや不便だが、簡易な形状にする工夫だからこれもやむを得ないだろう。
 また、下部の透明なボトル部分に目盛りが切ってあって、説明書によればこれを目安にすれば、珈琲豆をあらかじめ計量する必要がないとされている。ところがぼくの場合には挽きはじめたらほんの数十秒とはいえ一心不乱だから、そんな目盛りを注視する余裕はない。だから、やはり計量は必要だ。その代わりこのボトルは細い円筒形をしているので、挽いた珈琲豆を抽出器具に入れるとき外にこぼす心配がない。
分解したミルのパーツ このミルの臼の刃はその名のごとくセラミック製で、また、すべてのパーツを分解して水洗いができる。だから、いつも清潔な状態でおいしい珈琲豆を挽くことができる。
【写真は分解した状態】上下の臼に珈琲豆のかすが残っているのが見える
 挽く珈琲豆のメッシュは臼の下についている調節つまみ(写真右下)で調節することができるが、メッシュの表示はないから最初は試行錯誤で自分の好みに合わせる必要がある。
 当然だがパーツを分解して水洗いをしたら、調節は振り出しに戻る。また、このミルは一度に二杯分の珈琲豆しか挽くことができない。だから家族の多い家庭には向いていない。

 いずれにせよ、この「セラミックミル」のコストパフォーマンスはかなり評価できる。おそらくセラミックの臼が摩耗する以前に、ほかのどこかのパーツを割ってしまうとかで寿命を終えるだろう。

 杏里さんが「エスプレッソで眠れない」という歌を歌っている。

 彼女の初期のアルバム「哀しみの孔雀」の2曲目で、翌年シングルカットされていて、「思いきりアメリカン」というベスト盤にも収録されている。ぼくはこの音源を以前から探しているのだが、まだ名古屋の中古CD屋で発見できずにいる。

赤い靴はいてた男のコ
 ではじまるこの曲では、
誘ってくれたらどこまでも
ついて行ってもよかったのに
またあえるかなぁ またあえるかなぁ
エスプレッソで眠れない‥‥
と続き、そのあとリフレインで何度も「エスプレッソで眠れない」と歌っている。

 あの有名なヒット曲の「オリビアを聴きながら」で、

ジャスミンティーは眠り誘う薬
 と歌った彼女がまさか「エスプレッソで眠れない」はずがない、と思う。

 日本では、90年代からの米国シアトル系カフェの流行とともに急に流行が広まった、この「エスプレッソ」という珈琲だが、その基礎はもちろんイタリアの珈琲の流儀で、たった7gの極深煎りの珈琲を極細挽きにして、沸騰したお湯の水蒸気の圧力で抽出した苦い珈琲のわずか30mlくらいをデミタスカップでグイッと飲むことを基本としている。
 珈琲豆のなかのカフェインは熱で分解するから、焙煎度が高い(深煎り)ほど、また抽出温度が高いほどカフェインの含有量は減少する。だからエスプレッソにはカフェイン量は少ない。「エスプレッソで眠れない」というのは完全に誤解だ。

 じつはこの曲の作詞者は、ぼくの嫌いなコピーライターとして名の高い糸井重里で、彼自身がエスプレッソという珈琲についてほとんど知識もなく、ただ雰囲気だけで書いた作品だったのではないだろうか。少なくともこの曲の歌詞からは、詩的な雰囲気が味わえない。

 ところがもう一方の尾崎亜美さんの「オリビアを聴きながら」は、優れて詩的で洗練されたな内容だ。

 だからこそ、様々な歌手に歌い継がれている。これは好対照だ。

 今日この「週刊・近所の珈琲屋」というコーヒーにまつわるブログを「テクノラティー」とかいうものに登録してみた。どんな機能があるのか全然解ってない。
テクノラティプロフィール

 また、サイドバーをいじってちょっと広告を貼り付けてみた。こんなことで収入を期待はできないけれど、アクセスの解析ができるらしいから、今年の年末まで実験してみる。

 お客様が増えればうれしいし‥‥

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