2003年7月アーカイブ
昨日の朝日の夕刊を読んで驚いた。来年つまり2004年4月からはいわゆる“外税”を表示してはいけないのだそうだ。記事では1円未満の金額をお店と消費者のどちらに負担させることになるかを問題にしていたが、ぼくの意見では問題はそんな些細なところにはない。
いままでメニューに¥350を表示して平気な顔で客から¥367を取っていた喫茶店が、来年の4月から珈琲一杯の料金を¥367にすることなどふつうの常識では考えられない。最低でも¥380だし、もしもぼくがそのお店の経営者なら当然¥400(税込み)にする。
十数年前に“消費税”が導入されたときとまったく同様に、世間の至るところで「便乗値上げ」が持ち上がることは誰がどう考えても間違いがない。これも“景気浮揚策”のひとつなのだろうか。
今日の話題は「珈琲屋」さんから大きく逸れてしまった。
それでも¥350を守る珈琲屋さんが数多く残ることをぼくは祈る~
ところで「100円ショップ」はどうなるんだろネ
夏はアイスコーヒーの季節だと誰が決めたのだろう?別にアイスコーヒーを邪道だとか言う気もないが、本格的な珈琲屋さんでもアイスコーヒーを特別視しているのはふつうの風景だ。
以前からのぼくの意見では、名古屋の珈琲は深煎りの傾向が強い。だから、本来ならそんなお店ではとくにアイスコーヒー用の豆を用意する必要もないし、それ以前においしい珈琲豆なら、いわゆるアイスコーヒーにしても風味は損なわれないと思う。
だいいち、アイスコーヒーという飲み物は香りや風味を味わうのではなく、喉に冷気を差し込むための“ジュース”として存在しているようにしかぼくには思えない。
昨日の夕方訪れた珈琲屋さんで、おばちゃんが「フラッペ」を注文していた。店主はさも当然のように注文を捌(さば)いていた。そのお店はブレンドを4種類、ストレートを5種類準備している「珈琲屋」なのだが、お客さんはそんなことには関心はない。近所に珈琲屋があれば”氷”があることは当然のことなのだろう。
話がそれた。夏にアイスコーヒーを飲むことは本当に当たり前なのだろうか?ならば冬にビールを飲むことは邪道なのだろうか?
ぼくはどんなに暑い夏の日にでも熱い珈琲を飲みたい。どんなに寒い夜にでもうんと冷えたビールが飲みたい。(本当はビールは好みではないからウィスキーがいいけど)
またまた話は変わるが、名古屋の喫茶店ではアイスコーヒーのことを伝票に「A」と書く。アイスなら「I」だろうと言いたいが、長年の商習慣だから“素人”が口を挟む余地はない。
もっとくだけたお客さんは「レイコー」と言うネ。
多くの珈琲屋さんには「定休日」があり、一般には曜日を定めて平日にお休みする場合が多い。立地条件によっては「日曜定休」のお店もある。お店が商店街の中にある場合にはその商店街の定休日に合わせているお店もあるが、その商店街に棲む人を主な顧客としているお店ではあえて「定休日」を別の日にしている場合もある。
逆に「年中無休」を掲げる店もある。お店の前まで行って「定休日」だと知ることは、わざわざ遠くから足を運んだお客様にとっては残念な思いをさせる事になるから、客にとっては「定休日」はない方がありがたいともいえる。
しかし、ぼくが考える「珈琲屋さん」とは店主の姿の見える規模のお店を想定している。店主(マスター)と、ご家族の心のこもった珈琲を味わいたいものにとって「年中無休」の珈琲屋さんは、従業員(アルバイト店員を含む)に依存した経営姿勢を感じさせる。
中には、「定休日」に別の場所でお店を開く御店主や、平日はどこかで別のお仕事をしていて週末に珈琲の焙煎をされるお店もあるから、お店の「定休日」すなわち「珈琲のことを忘れる日」だと考えることは早計ではある。
しかし、ぼくは珈琲屋さんは、曜日を決めて「定休日」を設けるべきだと思う。本当に珈琲の味に魅力があれば、お客もその曜日を避けて来店するはずだ。
「年中無休・長時間営業」の珈琲屋さんでは本当に心のこもった珈琲は期待できない。もちろん例外のあることは承知の上でのお話しだが…
これはぼくの好みだけの問題だが、珈琲には和風の茶碗は似合わないような気がする。唇に触れる部分がザラザラして分厚いと、なんだか妙に飲みにくい気がして仕方がないからだ。
珈琲屋さんの世界でも、最近では“和風のお店”が流行しているが、それはそれでいいとして珈琲茶碗まで“和風”にする事もないような気がするのはぼくだけだろうか。
たまに日本の若い陶芸作家の作品を使っているお店に入ることがある。個性的で面白いのだが、座りが悪いことが多くて不安定なので珈琲を飲むときに無駄な神経を使う羽目になる。「器(うつわ)作って…」の類なのかもしれないと苦笑することすらある。
そのうえ匙までが陶器や木製だと、砂糖を混ぜるときにも扱いにくいし、だいいちお皿(ソーサー)の上で匙が安定しない。ぼくは珈琲に砂糖を入れないから邪魔くさいだけだ。
お店の外観や内装を工夫して、来店客の落ち着くことのできる空間作りを目指す努力はおおいに買うが、せめて食器だけはやはり珈琲にはできれば磁器を使いたいものだ。
もしもぼくが珈琲屋さんをはじめる時には国産の薄目の磁器の珈琲茶碗をうんと熱くしておいて、ほんのすこしぬるめの珈琲を注ぐだろう。
庶民は珈琲が美味しければ、別に茶碗が欧州製の高級磁器でなくても一向に構わない。




