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コピーライトひこぼし

2004年4月アーカイブ

 たまにどこの産地の珈琲豆が好きかと訊ねられることがある。
 ぼくの場合、珈琲を飲みはじめた頃はなんとなくマンデリンが気に入っていた。珈琲とは苦いものだという、名古屋人に共通の認識がそうさせたのかもしれない。ただし、そのころは珈琲には砂糖とクリームを加えるという飲み方しか知らなかったので、珈琲豆自体の持つ個性の味わい方を知らなかったせいもあるだろう。

 最近では珈琲を飲むときには何も加えない。ずいぶんいろいろな産地の珈琲豆の味も確かめた。ところがどの産地の珈琲が好きかと訊ねられても返事に困るのだ。品質の確かな珈琲豆を適度に焙煎すれば、苦みの強い珈琲もおいしいし、酸味のある軽い珈琲にも味わいがあるからだ。コクに欠けるようなスッキリした珈琲も不味いとは思わない。

 ただし、おいしくない珈琲には共通点がある。焙煎度が高すぎて苦みばかりの珈琲や、豆が酸化していてエグみのあるものや、品質のよくない豆を使っている場合など。どの珈琲を飲んでも、飲んだ直後に水が欲しくなる。つまり「後味」が悪いからだ。

 おいしくない珈琲の見本を確かめたければ、高速道路のパーキングエリアでレギュラーコーヒーを試してみるとよいだろう。飲み終えて車に戻った頃、喉が乾いて猛烈に水が飲みたくなる。
 つまり「後味」の悪い珈琲は、まずおいしくない。というより、不味い。

 ぼくはいまだにブレンドコーヒーの味わいを愉しむほどには、舌が肥えていないと自覚している。だから自宅ではストレートばかり飲んでいる。自称ストレート派だ。

 逆に、はじめてお邪魔した珈琲屋さんでは、あえてブレンドをオーダーするようにしている。それは、そのお店の自慢の珈琲の味を確かめたいことと、すこしでも新鮮な珈琲豆を使った珈琲を期待しているからだ。酸化したストレートを味わうという苦い経験は幾度となくしている。

 ブレンドの味に満足できたら次回はストレートコーヒーをオーダーすることにしている。また、飲んでみた珈琲の味がお粗末だったり、豆の鮮度が芳しくなかったり、抽出に誠意が感じられないと判断したお店には、二度とお邪魔することはない。

 今日お邪魔した珈琲屋さんのように、次回また行くかどうかの判断に困るということもある。

【44号】香り

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 以前、名古屋市内で長い歴史を持つ、ある『珈琲専門店』にお邪魔して、すでに高齢の御店主と雑談のなかで「自家焙煎」の話題になったことがある。その時、御店主曰く、
「うちは隣が小学校だから香りが迷惑だろうと思って…」
 と。
 なんだか妙な理屈だとは思いながら、ぼくは相づちを打って話題を変えた。

 1960年代にいわばブームになった『珈琲専門店』のなかで、いまでもその姿を守り続けているお店はあまり多くない。その多くは、かたちばかりの珈琲専門店や、ふつうの喫茶店になってしまった。なかにはカラオケ喫茶になったところすらある。
 じつはこの『珈琲専門店』はその後、姿を消してしまった。彼は「我が道」を選んだのだと思う。

 これからは、新しい世代の『珈琲屋』さんが育ってゆくのだろう。ぼくはその流れを最近、確実に感じている。

【43号】おまけ

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 東海地方の喫茶店には「おまけ」のつくお店が多い。というより、喫茶店の珈琲には、なにかもう一品がつくことが常識とされている。
 いちばん一般的なものはピーナッツなどの豆で、以前は小さなお皿に一盛りのピーナッツを添えることが多かったが、最近では衛生上の見地と手間を省くためか10~20粒の小袋入りのものを添えるお店が多い。あられや「柿ピー」にもよく出会う。名古屋にはこうした喫茶店の「おまけ」用の豆を専門に製造販売するお菓子屋さんまで存在する。一般的に午前中はモーニングサービスとしてトーストやゆで卵などがつくので、「おまけ」はお昼以後のお客さんに提供されることになっている。
 ぼくが足を運ぶような珈琲屋さんのなかには10時くらいから開店するお店も多いので、これらのお店にはモーニングサービスは存在しないが、何らかの「おまけ」はまず間違いなく添えられる。
 こうした喫茶店の「おまけ」について研究されている方もいらっしゃる。マーティーさんという人の「憩いの場」(※2005年に閉鎖)というサイトをご覧になると、名古屋周辺(とくに西尾張地区)の喫茶店の競争の激しさが如実に語られていて、じつに楽しい。

 珈琲屋さんのなかにはロータス製のビスケットのお店もあるし、小さなケーキをつけてくださるお店もある。自家焙煎珈琲の店では生チョコレートを添えてくださるお店も多い。神戸の萩原珈琲さんの豆を使うお店も生チョコレートが多い。
 お砂糖もクリームも使わずに飲む美味しい珈琲には、なぜかチョコレートはよく馴染む。

 なかにはおまけとは別に、時間を見計らって昆布茶を出してくださるお店も多い。一説によれば、
「昆布茶を飲んだらそろそろ会計を済ませてネ」
 という無言の合図なのだそうだ。

 ぼくは、昆布茶の出る喫茶店は「珈琲屋さん」の分類からは除外することにしている。

 ぼくが測量の仕事をしていたころ、測点に「42番」を作ってはいけないと叱られた記憶がある。
 じつはこの「週刊・近所の珈琲屋」の「42号」はかつて存在したのだが、いまとなっては陳腐で読むに耐えない記事になっていた。
 だからその内容を削除してこの「42号」は『死に番』とする。

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