【88号】珈琲は加工農産物だった
ぼくはもともと「反万博主義者」を自称していた。その理由は簡単で、県営の愛知青少年公園をこどもたちから奪ってまでして、単なる一過性の『お祭り』を開催することに多くの疑問を抱いていたし(注・長久手会場)、都市部の周辺にわずかながら残されていた「海上の森」を自ら破壊しておいて(注・瀬戸会場)『環境保護』を訴えるという愚かな行動にはどう考えても賛同しかねるからだ。
実際に開催された姿を見ても、客を呼ぶ施設は「企業館」などの近未来の展示ばかりで、マスコミの報道も来場客の数の報道に終始している。要するに主催者の最大の関心は、
「如何にして採算を取るか」
ということにしかない。
ぼくの率直な感想を言えば、もしも万博が採算を最大の関心事にした催しなら、最初から開催しない方が間違いがない。
そうはいってもぼくのような庶民には世界の珈琲に接する機会など滅多にないから、ある程度の出費を覚悟して『愛知万博』というものを体験してみようと思う。
まずは「中米館」で珈琲の樹に出逢うことができた。豆(種?)に最低限の準備が揃っていて900円だ。が、もちろんぼくは買わない。植物の栽培には過去に何度か挑んだことがあって、しかも一度も成功したことがないからだ。日本の植木屋さんで苗を買っても育たないんだから、まず可能性はないと思う。
もちろんお土産に持ち帰って飲むための焙煎した珈琲豆もちゃんと並んでいた。ここは「中米共同館」だからとうぜん中米産の珈琲豆ばかりだ。
その価格はというと、必ずしもお値打ちとは思えない。どうも日頃ぼくが街で購入する珈琲と比較すると、やや高価とさえ感じる。何故だろうかと考えてみた。
珈琲はあくまで「加工農産物」で、どんなに現地の生産者が安価な労働力で生豆を生産しても、その後消費地で商品となるまでにたくさんの手を経ていて、しかも焙煎されてはじめて一般消費者の手に渡ることとなる。
また、最近では多くの国で意欲的な生産者が優れた品質の珈琲豆を出荷するようになってきたが、残念ながらここはあくまで『万博会場』であるから、その性格上、政府公認の大手の輸出業者の管理する珈琲豆しか展示されていないのが現実だ。
もうこの時点で、ぼくの期待の多くが裏切られたことになる。このあと、アフリカの珈琲豆も見たが、こちらについては来週にもご報告したい。





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