【94号】ブルマン神話《4》
やはりブルーマウンテンを「ブルマン」と呼んで珍重する気風は日本だけの特有の現象だそうだ。
戦後、粗悪な珈琲豆しか輸入されなかった時期には「ブルマン」は美味で貴重な珈琲豆だったのかもしれない。だが時代は変わった。
いまでも、大手商社では旧態依然とした選別方法で珈琲豆を輸入しているから、こうした珈琲豆と比較すれば「ブルマン」は高価だが上品で美味な珈琲豆であることに変化はない。
財布に余裕があって、且つ自分で独自の珈琲豆の選択肢を持っていない人にとっては「ブルマン」は無難な存在だろう。
しかしいまや、日本にはさまざまな経路が開拓されてきて、入荷する珈琲全体の品質も向上したし、消費者の選択の範囲もずいぶんと広くなった。
日本では珈琲豆の名前を産地の国名や出荷する港の名前で分類して販売することがいまでも主流だが、たとえばブラジルだけを例に挙げてもその珈琲農園ごとに珈琲豆の品質は必ずしも均一ではない。1990年代以降には多くの国でその国の公機関が関与する輸出経路を外れて、独自の路を開拓する組織が出現した。彼らは、より品質の高い珈琲豆を生産する努力をされている。
また、「フェアトレード」と呼ぶ運動も定着しつつある。
非難を浴びる覚悟の上であえて言っておく。いまの日本の世の中には「ブルマン」以外にも個性的で、さらに美味な珈琲豆がたくさんある。そしてそれらを輸入して焙煎し、良心的な価格で販売されている珈琲豆屋さんもたくさんある。
ぼくは、こうしたまだ零細だが美味しい珈琲を提供する努力を惜しまない彼らのような珈琲豆屋さんに注目している。
もちろん大手の輸入業者さんも、美味しい珈琲を提供する努力をされているのだろうけれど、彼らの持つ既成の流通方法では珈琲のおいしさを消費者にまで届けられない。
かつて日本でいちばん美味しい珈琲とされた「ブルーマウンテン」は、いまや「ブルマン神話」になったのではないだろうか。





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