2005年12月アーカイブ
日本語に『粗茶ですが』という表現がある。ところが、なぜかお茶屋さんやスーパーマーケットで「粗茶」という名前のお茶を販売している光景を目にしたことはない。たぶんこれはいわゆる「言葉の綾」で、
「お口に合わないかもしれませんけど
」
という謙譲表現なのだろう。
日本ではこんな言葉が存在するくらいに「お茶」が広く普及している。街でも田舎でもうどん屋さんに入ればまず必ず「お茶」が出る。しかもこれはまず例外なく無料だ。
レストランやラーメン屋さんでは水が出るが、これももちろん無料だ。
当たり前のことのようだが、じつはここに日本の長い歴史が生み出した『お茶の文化』の存在を無視できない。日本では少なくとも奈良時代からお茶を飲む習慣があった。たぶん日本以外でも東アジアの国の多くでは同様だろう。
それに対して欧米の諸国では、その歴史は浅く、ぼくの持つ資料によればイギリスでお茶が飲まれはじめたのは1600年代の後半のことだそうだ。そのころ欧州には珈琲のほうも伝来している。どちらも最初は「薬」として飲まれはじめたという。
さて、日本では紅茶も珈琲も1800年代後半(明治時代)になって大衆に普及した。だからそれまでのふつうのお茶とは別格の飲み物で、それ自体に対価を求めるような価値を持っていた。と思う。
この「粗茶ですが」という軽いテーマは実際に考えはじめると、とても重い。ひょっとすると数回以上の連載となるかも。
まぁ珈琲でも飲みながら、ゆっくり考えようか
少なくとも、日本で暮らすものにとっては珈琲は「特別な飲み物」だ。なぜなら、日本をはじめとする東アジアの国には「お茶」という優れた飲み物があり、これらの国では食生活にお茶は欠かせない存在だからだ。
日本の食生活は第二次大戦の敗戦後大きく西洋化した。小学校の学校給食からパン食が普及したというが、小学生たちは給食でパンで牛乳を飲んだ。少なくとも珈琲を飲むような給食は見たことがない。
家庭の朝のご飯でもパンは普及したけれど、多くの家庭ではパンの朝食では紅茶を飲んだ。もちろん紅茶も「お茶」の一種だ。
日本の家庭で珈琲が大きく普及したのはインスタントコーヒーの登場による、と思う。珈琲の抽出液を熱風乾燥した初期のインスタントコーヒーでも珈琲の香りはあるし、珈琲の味もある。場末の喫茶店の煮出した珈琲より、はるかに手軽で美味しい珈琲を飲むことができるようになって日本の家庭に珈琲を普及したから、インスタントコーヒーの功績は偉大だと思う。
しかしそれでも珈琲はあくまで「特別な飲み物」の扱いを受けている。その原因は抽出がやや面倒なことと、最大の原因は良質な鮮度を保つ珈琲豆を入手することが困難だという事情による。その傾向は二十一世紀となった現在でも大きくは改善されていない。
だから今でも「美味しい珈琲は珈琲屋さんで」飲もうということになるし、我が家でも「美味しい珈琲」に挑むという家庭はごく少ないのが現実だ。
スーパーへ行けば珈琲器具も販売しているし、珈琲豆ももちろん販売している。それにも拘(かか)わらず、良質な鮮度を保った珈琲豆には滅多に出会えない。だいいち「賞味期限」の設定が長すぎるし、あらかじめ挽いた豆をパック詰めしていたのではどんなに品質の良い珈琲豆を使っていても、その劣化は甚だしいから、現状では消費者の手許に届く珈琲豆で飲む珈琲が美味しい筈がない。
当分のあいだ珈琲は「特別な飲み物」であり続けるだろう
結局、今年は新しい珈琲屋さんを十数店舗しか訪問できなかった。この原因はすべて愚生の怠慢にある。もうあと残された一週間では新しい珈琲屋さんにお邪魔できそうな気がしない。来年こそは「仕事」など後回しにして珈琲屋さんの訪問を日々の課題としたい。
そう言ってはいても「飯の種」も要るから、どうしても配達が優先されるかも。
◆瀬戸市の「茶蔵」さんが木曜日を定休日とされた。年明け早々の1月6日からは『スペシャル企画』があると聞いた。お近くの方は一度足を運ばれたらいかが。
◆中川区と清須市に自家焙煎らしき珈琲屋さんを発見したが、まだ年末につき足を運ぶ余裕がない。追ってご報告できるかも。
◆みなさまから様々な情報を頂戴しながら、愚生の怠慢により訪問できずにいるお店がたくさん残されたまま年を越してしまうこととなった。
伏してお詫び申し上げますm(_._)m
もうすぐ「お正月」でだれもがまたひとつ歳をとるが、その前に「クリスマス」という行事がある。
日本ではキリストを神とする宗教を信仰する人は少ないから、その彼の生誕を祝う「クリスマス」の風習は本来なら馴染まないはずだ。
ところがこのお祭りの主要な人物であるサンタクロースは寛容の精神に満ちあふれていて、キリスト教を信仰していないこどもにもプレゼントをくださるらしい。だから日本でも「クリスマス」はお正月やお盆に匹敵する主要な年中行事となったらしい。
そのクリスマスに登場する食べ物といえばケーキであり七面鳥(ほとんどの家庭では鶏で代用)だし、飲み物といえばワインであり紅茶が一般的とされる。かたやお正月に登場する食べ物といえばおせち料理やお餅だし、飲み物といえばやはりお屠蘇(これも最初の一口だけ)であとは日本酒やビールやブランディになるし、呑めない人は日本茶が似合うような気がする。
どうも珈琲という飲み物は、まだ日本では完全には市民権を獲得していないような気がして、すこし淋しい。
作者の誤操作でCGIの仕組みを消滅させてしまったこのブログの復旧作業が、やっとある程度進んだ。まだまだ不備が山ほどあるし、復活していない記事も数多くあるが、ともかく「公開」してみた。
今後の予定としては【1】今週末までに過去の記事の復活を【2】今月中にブログの構造の細部の復活を目指す。
また、このブログのURLは変更されてしまったので、もしも「近所の珈琲屋」のサイトの中でこのブログだけをブックマークされているような奇特な方がいらっしゃったらブックマークの更新をお願いする。
そんな人、まずいないと思うけど
2003年の4月に創刊したこの『週刊・近所の珈琲屋』は、三年近くかかってやっと第100号を発行できた。ほんとうなら「週刊」なんだから一年間で約50号は発行せねばならない。ずいぶんとペースが遅い。
そのすべての責任は発行者であるひこぼしの「多忙」と「体調不良」にある。と言いたいところだが、ほんとうは発行者の「怠惰・怠慢」に原因がある。
戦後、カストリ雑誌というものがあって、『三号(合)で潰れる』といわれたが、いちおうこの『週刊・近所の珈琲屋』はいまだに続いている。
途中で一度は発行者が入院生活をしていたし、数回は床に伏していたから、いまだに続いていることのほうが不思議ですらある。まぁ、これはあくまで個人の“お遊び”の範疇(はんちゅう)に入るのだから、と、いたって本人は気楽でいる。
でも、少なくとも100号に達したからには今後は決意を新たにして、可能な限りみなさまに毎週あたらしい情報をお知らせできるようにしたいと考えている。
今後もご愛読を伏してお願い申し上げます。
なお次号は「クリスマス」にちなんだ記事を考えているが、まだその構想は皆無である。
◆高浜市の「ナチュカフェ」さんでは珈琲豆を購入されるお客様には、珈琲をご馳走してくださるようになった。珈琲が飲みたくても、まず豆を購入してからにされることをお薦めする。◆中川区の「ease」さんが12月2日をもって閉店されたそうだ。これはひこぼしが直接確認したわけではなく伝聞による情報だ。
◆西区の「茶人館」さんが11月にリニューアルオープンするという情報があるが、ひこぼしが確認した限りでは11月末には閉店後の変化はみられない。あの美味しい珈琲屋さんの後継者の登場が待ち遠しい。
◆尾張旭市の旧「茶蔵」さんのあとは「cannnamoon」さんという名前の珈琲屋さんになった。自家焙煎ではなさそうだが、やや深煎りの珈琲と紅茶を味わえるお店になった。
珈琲屋さんにしろラーメン屋さんにしろ、あるいは呑み屋さんにしろ、すべての飲食店は営利を目的としている。「水商売」という言葉があるように、その経営は想像以上にむずかしい。また、例外的に一定の施設の利用者のために利益を度外視して営業している場合があるが、その場合でも採算性まで無視してはいない。
珈琲屋さんに限定して考えると、珈琲や紅茶の原価計算はわりあい簡単で粗利率はかなり高いはずだ。だから収益を増やすためには珈琲一杯の「単価」を単純に上げればよいように考える人もいる。一時流行った「ノーパン喫茶」などもその典型で、もうここまで来ると珈琲屋の領域を外れている。
一杯の珈琲に別の付加価値を加える方法もある。豪華なお店の雰囲気や、高価な食器を備えておいて「豪華な応接間」としての機能を持たせたりするお店もある。また、画廊を兼ねたり、器などの展示販売で収益を得るお店もある。
単に来客を増やすためには「単価」を低く設定する方法もあるが、客席の数は一定だから今度は回転率が問題となる。
また原価をもっと低くするお店もある。当然珈琲豆の質は落ちるから珈琲の味も落ちる。
ここでぼくの本音を言っておく。『珈琲の値段』を保ちながらお客さまの数を減らさないためには「美味しい珈琲」を提供する努力は欠かせない。お店のしつらえや食器は質素でも、客に提供する珈琲の味さえ確かなものなら、少なくとも大きな収益は得られなくても固定客を確保できる、とぼくは思う。
ところがそういう地道な努力をされる珈琲屋さんの数は、残念ながらあまり多くないのが現実のようだ。




