2007年3月アーカイブ
みなさまご存じの通りで今年のお正月に体調を崩して入院生活を過ごして以来、ぼくは「失業者」だ。最初は体調も芳しくないし、気ままに自由な時間を過ごしていたがもう明日は4月だという。
ぼくも霞と珈琲では生活が成り立たないからそろそろ職を得ねばならない。
先日の報道では愛知県の「有効求人倍率」は1.9だとかいっていたがあれは数字の魔術で、実際には50歳を過ぎたものにとっては「求人」は少ない。しかも最近では日給や時給の「派遣」や「契約社員」が目立つ。これらもハローワーク(職安)では「求人数」に含んでいるから、正社員としての求人数は想像以上に乏しい。
ぼくはそんな中で「新しい仕事」を探しているから、仮に適当な職を得ても、今までのように平日の昼間に珈琲屋さんを覗いて歩くような“気ままな職業”にありつく保証などは全くない。とはいえ職を得ねば珈琲代が捻出できないから、まずは「仕事探し」を優先することとする。
ひょっとしたら、日曜祭日が多忙な職業を見つけるかもしれないし、あるいは平日は事務所に篭(こも)もって事務をしているかもしれないし、店頭で接客をするかもしれない。
ともかく、この「近所の珈琲屋」というサイトを維持したくても困難な場合もある。が、それも仕方がないから、まずはわがままを言わずに平凡な「職」を探そう。
ぼくには、これといった特技などないし~
最近、店頭に超高速焙煎機を備えていて珈琲豆の在庫は生の豆だけで営業されている珈琲豆屋さんを見かけるようになった。もちろん以前から小型の焙煎機を置いていて、その場で注文に応じて個々に焙煎する仕組みのお店もあったが、どうもこの「超高速焙煎機」の普及がこの傾向に拍車をかけているように感じる。
名古屋でも、とくに中堅焙煎業者さんのなかの一部にこの傾向があって、すでに十軒くらいのお店の存在を知っている。すでにその中の数店舗はこのサイトでもご紹介している。
この「超高速焙煎機」は電子レンジと送風ファンを組み合わせたような仕掛けになっていて、生の珈琲豆をいわば浮遊させた状態でマイクロ波で加熱して焙煎する。もちろんマイコンを組み込んでいてその豆や量によって個別の設定をするから、最良の焙煎度を設定できるという。
が、実際にその焙煎機で焙煎した珈琲を飲んでみた印象はどれもあまり芳しくない。
そこで、ここで簡単に客の立場でこの機械を使うお店を利用する場合の利点と欠点に触れておく。
【利点】
《1》確実に焙煎直後の珈琲を入手できる
《2》生の珈琲豆を店頭で実際に見てから購入できる
《3》好みの量を好みに応じて購入できる
【欠点】
《1》最小ロットが大きい
《2》混合ブレンドしか存在しない
《3》焙煎後のハンドピックがまったくない、もしくは不完全
こんどはそのお店にとってはどうだろう。
【利点】
《1》焙煎豆の在庫が不要
《2》焙煎技術の習得が不要
《3》店頭での印象が良好
【欠点】
《1》個別焙煎が不可能
《2》欠点豆の多い種類の珈琲豆は扱えない
《3》装置の初期投資が高額
なんだか、顧客のためよりも、営業上の利点のほうがはるかに大きいような気がしてならない。
どうもぼくの趣味にはあわない!
一週間のあいだ寝る間を惜しんで考えていたが(ウソ)やはり、過去一番美味しいと感じた珈琲は想い出せない。
ここで問題になるのは「おいしい珈琲」の定義を定める際に、街の「喫茶店・珈琲屋」で出逢った珈琲の場合と、自分で豆を購入して自分で淹れた珈琲の場合に大別される、ということだ。前者の場合にはそのお店の雰囲気やそのときのロケーションが加味される。また珈琲だけを飲む場合と何かを食べながら珈琲を飲む場合があり、その場合には一緒に食べるものにより、もちろん珈琲の味わいは違う。
そしてどちらの場合にも珈琲あるいは珈琲豆の価格を無視できない。
今回は、街の珈琲屋さんに限定して考える。しかも旅の途中で出逢った珈琲屋さんはいわば特殊な状況だから除外して、あえて名古屋とその周辺の珈琲屋さんに限定する。
名古屋に限らず60年代あたりに「珈琲専門店ブーム」という現象があって、各地に「珈琲専門店」なるお店が登場した。それ以前の喫茶店には雑多なメニューを排除して「純喫茶」と名乗る珈琲屋さんがあったが、そこからさらに珈琲に特化したのだろう。この「珈琲専門店」の特徴はブレンドを数種類と単品の珈琲(ストレート)やアレンジコーヒーなどをメニューに列記していて、個別に抽出することが“謳い文句”だった。当時流行していたサイフォンを使用するお店が多かったことも特徴的だ。
また、そのお店に入る客のほうも“珈琲通”を目指していたのだろう。砂糖やミルク(フレッシュ)を加えることを邪道だと信じていて、たいして美味しくもなくて苦いだけの珈琲を「おいしい」と信じていたような気がする。
そんな風潮のなかで駅前や栄地区に数店舗をもつ「コンパル」の珈琲は別格だった。ネルドリップのその珈琲は個別抽出ではないが、なにしろ客足が速いからいつも淹れたてだった。また、真っ白な陶器のカップにはステンレスではない銀色のスプーンとピッチャーが添えられていて、ピッチャーの中には一般の喫茶店よりはうかに乳脂肪分の高いクリームがついてきた。この特徴はは現在でもまったく変わらず続いている。
ぼくらの高校生時代にはこのピッチャーを拝借して学生鞄の脇にぶら下げることが一種のステータスとされた。これは立派な「窃盗」だからくれぐれも読者がまねをしないように!。ぼくもその中の一人だが、もう、かれこれあれ以来40年も経つから「時効」にしてもらいたい。
ともかく、ぼくが「おいしい珈琲」に目覚めた珈琲屋さんといえば、文句なく「コンパル」を挙げる。
もう時効にしておいてね~
先日ある珈琲豆屋さんへお邪魔した。このお店のご主人には、ぼくが「近所の珈琲屋」というサイトを書いていて、名古屋周辺のおいしい珈琲屋さんを探してはご紹介していることをご報告済みなので、なにかの話の弾みから、
「ところで、いままで飲んだ珈琲のなかで、どこの珈琲をいちばん美味しく感じましたか?」
と問われてしまった。
これはぼくにとってはじつに難問で、
「そりゃこちらのお店の珈琲ですよ!」
と、「コーヒーならぬお茶」を濁しておけば、簡単に話題は途切れておしまいになるとは思ったが、ぼくはそうせずに真剣に過去に飲んだ珈琲のなかで「特上の味わい」を感じた珈琲を想いだそうと試みた。そのときには何しろ話のお相手は珈琲を焙煎してご商売をされている方だから、ぼくが余りに深煎りの珈琲を好まないこと、珈琲豆の価格は日本茶のように格差が広くないことを前提に、お気に入りの珈琲豆屋さんの数店舗をお答えしておいた。
実際に、喫茶店で飲むにしろ、豆を買ってきて家で飲むにせよ、珈琲は嗜好飲料だから「おいしい」と感じなければ単なる銭の無駄づかいのような気がする。たとえばラーメンなら仮に「おいしい」と感じなくてもとりあえず腹は膨れるから、珈琲屋さんとラーメン屋さんは同じ土俵にはのらない。
結局、未だに過去ぼくが飲んだ珈琲の中で「一番おいしいと感じた」珈琲は思い出せない。
過去の経験のなかで「一番まずかった」珈琲なら即座に答えられた。
それはぼくのいままでで唯一の海外旅行の時に飲んだモスクワ行きののアエロフロート社イリューシン62の機内サービスで座席に運ばれた珈琲で、これは何ともいえぬ濁ったぬるい液体で珈琲の香りのしない「飲み物」だった。名古屋の喫茶店でも一歩間違うとこれに匹敵する味の珈琲に300円以上の銭を払う場合だってあるから他山の石ではない。
「一番おいしい」と感じた方のほうは熟考して来週以降にこの場にてご披露したい。
難問中の難問をいただいた!
昨年来の悩みだったこのブログのカレンダーを改造してみた。といっても小粋空間さまのところでいただいたソースをほとんどそのまま使用しているだけだ。
こんどのカレンダーは<iflame>を廃止してJavascriptでできているんだそうで、ブラウザによって妙な空白ができたりカレンダーがフレームからはみ出したりする不具合は解消した。ところが、やはりこれでもカレンダーとサイト全体の連動はしていない。
ほんとうなら、たとえば2006年10月のカレンダーを表示させたら右側の記事もその月の記事を表示してほしいんだが、そういうところまで現在はまだ実現できていない。
また「カテゴリーアーカイブ」(分類別の記事表示)にはカレンダーは不要だろうと思って、あえて外してみた。
どなたか良いアイディアをご存じの方がいらっしゃれば、ぜひご教授願いたい。
そういえば今回の入院以降に数店舗にお邪魔できた。まだまだ当分あたらしい仕事にありつく予定はないから、3月中にもあと数店舗はご紹介したいと考えている。




