【139号】おいしい珈琲・まずい珈琲《1》
先日ある珈琲豆屋さんへお邪魔した。このお店のご主人には、ぼくが「近所の珈琲屋」というサイトを書いていて、名古屋周辺のおいしい珈琲屋さんを探してはご紹介していることをご報告済みなので、なにかの話の弾みから、
「ところで、いままで飲んだ珈琲のなかで、どこの珈琲をいちばん美味しく感じましたか?」
と問われてしまった。
これはぼくにとってはじつに難問で、
「そりゃこちらのお店の珈琲ですよ!」
と、「コーヒーならぬお茶」を濁しておけば、簡単に話題は途切れておしまいになるとは思ったが、ぼくはそうせずに真剣に過去に飲んだ珈琲のなかで「特上の味わい」を感じた珈琲を想いだそうと試みた。そのときには何しろ話のお相手は珈琲を焙煎してご商売をされている方だから、ぼくが余りに深煎りの珈琲を好まないこと、珈琲豆の価格は日本茶のように格差が広くないことを前提に、お気に入りの珈琲豆屋さんの数店舗をお答えしておいた。
実際に、喫茶店で飲むにしろ、豆を買ってきて家で飲むにせよ、珈琲は嗜好飲料だから「おいしい」と感じなければ単なる銭の無駄づかいのような気がする。たとえばラーメンなら仮に「おいしい」と感じなくてもとりあえず腹は膨れるから、珈琲屋さんとラーメン屋さんは同じ土俵にはのらない。
結局、未だに過去ぼくが飲んだ珈琲の中で「一番おいしいと感じた」珈琲は思い出せない。
過去の経験のなかで「一番まずかった」珈琲なら即座に答えられた。
それはぼくのいままでで唯一の海外旅行の時に飲んだモスクワ行きののアエロフロート社イリューシン62の機内サービスで座席に運ばれた珈琲で、これは何ともいえぬ濁ったぬるい液体で珈琲の香りのしない「飲み物」だった。名古屋の喫茶店でも一歩間違うとこれに匹敵する味の珈琲に300円以上の銭を払う場合だってあるから他山の石ではない。
「一番おいしい」と感じた方のほうは熟考して来週以降にこの場にてご披露したい。





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