【182号】準自家焙煎珈琲店
去年の6月に「準自家焙煎珈琲店」という定義をしてみたことがある。2007年6月10日付けの【第147号】の記事中で、おいしい珈琲を提供したいけれど自家焙煎の技術を持たないからと、信頼のおける自家焙煎珈琲豆店の焙煎した珈琲豆を使っている珈琲屋さんのことを、ぼくは勝手に『準自家焙煎珈琲店』と定義した。
その記事の中では、焙煎した豆屋さんの名前を表示しない場合がほとんどだというようなことを書いたが、ここのところお邪魔した珈琲屋さんのなかには「当店の珈琲はどこそこのナントカ珈琲店の珈琲豆を使用しています」と表示する珈琲屋さんが増えてきたように思う。
インターネットの急速な普及で、地方の「自家焙煎珈琲豆店」の知名度も向上されてきた。また「自家焙煎珈琲豆」という言葉の持つ地位も、数少ない「珈琲ファン」のものだけではなく、随分と一般にも世間で認知されてきたのだろう。仮に、ぼくら客がその供給元の「自家焙煎珈琲豆屋」さんの名前を知らなくても、実際においしい珈琲を飲んでみて気に入れば、だれでもその珈琲屋さんにまた足が向く。
お客それぞれに好みがあるように、お店ごとに珈琲の味には好みがあるだろうし、しがらみもあるのかもしれない。だから珈琲屋さんごとに個性があり、これがまた楽しいものになる。ごく一部には「自家焙煎珈琲」と謳うだけで実際には焙煎を他店に頼る珈琲屋さんの存在もあるが、あえてここではそういうお店については触れることを避ける。
ともかく、少なくとも今の名古屋の街の喫茶店事情を大まかにいえば、ごく一部の大型チェーン喫茶店の空虚な繁盛ぶりを除けば、珈琲屋の世界でも、厳しい淘汰が存在している。実際においしい珈琲を提供していない珈琲屋さんはかなりの速度で廃業を余儀なくされて、常においしい珈琲を提供する努力を惜しまないお店だけが生き残るという現実がある。
また、自家焙煎珈琲豆店も、小売りにだけにとどまらず、いわば「零細だが高品質な珈琲の焙煎業者」としての地位を確立しつつある。
だから、ぼくら客の立場でいえば「当店の珈琲はどこそこ‥‥」という表示のある珈琲屋さんなら、安心しておいしい珈琲を味わうことができる。今後とも、この傾向がどんどん増加してくれるよう願う。
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