近所の珈琲屋  トップページメニュー>週刊・近所の珈琲屋
コピーライトひこぼし

2008年10月アーカイブ

ハリオ・セラミックミル 先日、こんなミルを発見して、すぐにオーダーした。というのは、数年使用しているカリタの安価なプロペラ式電動ミルのスイッチが不調で困っていたからだ。
 こちらの正式な商品名は「ハリオ コーヒーミル・セラミックスリム」で、価格は約2,500円。ぼくが手動式のミルを使うのは、若いころ持っていた例の「スポング」以来だから、もうかれこれ三十年ぶりくらいにもなる。
 今回のこの製品では一杯の珈琲豆を挽くのにハンドルを60~70回も回さなくてはならないから、スポングミルのように高速ではないけれど、真ん中が細くくびれた持ちやすい形状でハンドルも回しやすいのでさほど苦痛には感じない。
 またホッパーに豆を入れるとき、一回ごとにハンドルを外さないとふたが開かないのでやや不便だが、簡易な形状にする工夫だからこれもやむを得ないだろう。
 また、下部の透明なボトル部分に目盛りが切ってあって、説明書によればこれを目安にすれば、珈琲豆をあらかじめ計量する必要がないとされている。ところがぼくの場合には挽きはじめたらほんの数十秒とはいえ一心不乱だから、そんな目盛りを注視する余裕はない。だから、やはり計量は必要だ。その代わりこのボトルは細い円筒形をしているので、挽いた珈琲豆を抽出器具に入れるとき外にこぼす心配がない。
分解したミルのパーツ このミルの臼の刃はその名のごとくセラミック製で、また、すべてのパーツを分解して水洗いができる。だから、いつも清潔な状態でおいしい珈琲豆を挽くことができる。
【写真は分解した状態】上下の臼に珈琲豆のかすが残っているのが見える
 挽く珈琲豆のメッシュは臼の下についている調節つまみ(写真右下)で調節することができるが、メッシュの表示はないから最初は試行錯誤で自分の好みに合わせる必要がある。
 当然だがパーツを分解して水洗いをしたら、調節は振り出しに戻る。また、このミルは一度に二杯分の珈琲豆しか挽くことができない。だから家族の多い家庭には向いていない。

 いずれにせよ、この「セラミックミル」のコストパフォーマンスはかなり評価できる。おそらくセラミックの臼が摩耗する以前に、ほかのどこかのパーツを割ってしまうとかで寿命を終えるだろう。

 杏里さんが「エスプレッソで眠れない」という歌を歌っている。

 彼女の初期のアルバム「哀しみの孔雀」の2曲目で、翌年シングルカットされていて、「思いきりアメリカン」というベスト盤にも収録されている。ぼくはこの音源を以前から探しているのだが、まだ名古屋の中古CD屋で発見できずにいる。

赤い靴はいてた男のコ
 ではじまるこの曲では、
誘ってくれたらどこまでも
ついて行ってもよかったのに
またあえるかなぁ またあえるかなぁ
エスプレッソで眠れない‥‥
と続き、そのあとリフレインで何度も「エスプレッソで眠れない」と歌っている。

 あの有名なヒット曲の「オリビアを聴きながら」で、

ジャスミンティーは眠り誘う薬
 と歌った彼女がまさか「エスプレッソで眠れない」はずがない、と思う。

 日本では、90年代からの米国シアトル系カフェの流行とともに急に流行が広まった、この「エスプレッソ」という珈琲だが、その基礎はもちろんイタリアの珈琲の流儀で、たった7gの極深煎りの珈琲を極細挽きにして、沸騰したお湯の水蒸気の圧力で抽出した苦い珈琲のわずか30mlくらいをデミタスカップでグイッと飲むことを基本としている。
 珈琲豆のなかのカフェインは熱で分解するから、焙煎度が高い(深煎り)ほど、また抽出温度が高いほどカフェインの含有量は減少する。だからエスプレッソにはカフェイン量は少ない。「エスプレッソで眠れない」というのは完全に誤解だ。

 じつはこの曲の作詞者は、ぼくの嫌いなコピーライターとして名の高い糸井重里で、彼自身がエスプレッソという珈琲についてほとんど知識もなく、ただ雰囲気だけで書いた作品だったのではないだろうか。少なくともこの曲の歌詞からは、詩的な雰囲気が味わえない。

 ところがもう一方の尾崎亜美さんの「オリビアを聴きながら」は、優れて詩的で洗練されたな内容だ。

 だからこそ、様々な歌手に歌い継がれている。これは好対照だ。

 今日この「週刊・近所の珈琲屋」というコーヒーにまつわるブログを「テクノラティー」とかいうものに登録してみた。どんな機能があるのか全然解ってない。

 また、サイドバーをいじってちょっと広告を貼り付けてみた。こんなことで収入を期待はできないけれど、アクセスの解析ができるらしいから、今年の年末まで実験してみる。

 お客様が増えればうれしいし‥‥

2008_10_18party-scan1_1.gif まだ当時、ぼくの入会した珈琲研究会は自主サークルだった。が、活発な活動が認められて翌年の初めに学部の文化部連盟から公認されて、晴れて「部活動」となった。
 この画像はそのときの様子を、ある青年団体の機関誌が紹介したもののスクラップだ(活字が小さいのでやや大きな画像にさせていただいた)。
 この記事では、すばらしい活動をしているように紹介されているけれど、実際にはコーヒーの飲めるきわめてサロン的なサークルで、昼間は珈琲を飲み日が暮れたら酒を飲むことが日常だった。優秀な学生は講義の合間に部室を訪れたが、ぼくは部室に居座っていて、メンツが揃ったら雀荘に消える日々を過ごしていた。

 ぼくはこの学校を卒業するのに5年を要したが、その間ほとんど勉強らしい勉強をした記憶はない。ぼくの「遊び癖」は、すでにこの頃に会得していたらしい。

 石川ひとみさんの大ヒット曲「まちぶせ」には珈琲は登場しないが、舞台は喫茶店だ。

夕暮れの街角 のぞいた喫茶店
微笑み見つめ合う 見覚えある二人‥‥
 ではじまる、この曲では登場人物がなにを飲んでいたかということには関心がない
気のないそぶりして 仲間に加わった
テーブルをはさんで あなたを熱く見た
 という、わかりやすく云えば「片思い」の女の子の心を唄っている。


 もちろんユーミンの作品で、石川ひとみさんの大ヒット曲だが、創唱しているのは三木聖子さんという歌手で、彼女はほんの数枚のシングルと一枚のアルバムだけを残して引退している。石川ひとみさんの音源は中古で簡単に入手できるが、三木聖子さんのほうは今となっては貴重だろう。なぜかぼくはこちらの音源だけ持っている。
 ちなみに90年代後半になって松任谷由実さんもセルフカヴァーをしていて、こちらも有名だ。ライブでも歌っている。

 話を戻すと、この主人公の彼女の本音が二番で吐露される。

あのこがふられたと 噂にきいたけど
わたしは自分から 云いよったりしない

別の人がくれた ラヴ・レター見せたり
偶然をよそおい 帰り道で待つわ
 これではまるで、ストーカーだ。痩せても枯れても、ぼくはこんな娘の「まちぶせ」にあうのはまっぴらだ。

2008_10_05nemu-scan1_1.jpg 1971年の秋、愛知県のある県立高校の文化祭で我らが309組の企画した「喫茶Q」は大いに賑わっていた。店名の「Q」はクラスの309組に由来する。これはそのときのメニューだ。ちなみにぼくはある事故で、高校生時代に撮影した写真のネガをすべて紛失してしまったので、やむなくこの写真は卒業写真のなかからスキャンしたもの。
 あまりの安さに今となっては驚く。
 珈琲は本格ネルドリップでこの価格。営業したのはたったの二日間だったが、それなりに人気を得て採算はとれた記憶がある。ちなみにこのメニューはぼくのデザインで簡易印刷を模しているがたった一枚書いただけだったはずだ。
 高校三年生だったぼくは、当時から家でもネルドリップで珈琲を飲んでいた。というか、訳もなく当時流行していたペーパードリップを嫌っていた。

 この時代がぼくにとっての珈琲との出会いでもあり、ぼくの珈琲の原点でもある。まだ当時はミルは持っていなかった。
 翌年高等学校を卒業して一年間浪人生活を謳歌して、東京のとある大学の門をくぐって、ぼくの珈琲生活は一変した。入学式を終えてガイダンスを聴いた大講堂の二階のロビーで「珈琲研究会」というサークルを知ったからだ。

2008年10月アーカイブ

過去の記事

2003
4 5 6 7 8 9 10 11 12
2004
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2005
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2006
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2007
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2008
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2009
1

ご意見はこちらから

最近のコメント

トラックバック

Powered by Movable Type 4.23-ja
Ver:4.23-ja

近所の珈琲屋 total:today:yesterdy:
Ver 4.2306
コピーライトひこぼし